
音楽は、人間の心にダイレクトに入ってくる。さまざま芸術の中でも、音楽は直接的に内面に訴えかけてくるものはないとさえいえよう。
研究科によると、文学や絵画を鑑賞しているときと比べ、音楽を聴くと脳はアルファ波を出す状態に格段になろやすいのだという。
これは、文学と比べると納得できる話だ。文字を読むのは高度な脳の働きでありリラックスとはほど遠い、だが、音楽は心を非常にくつろがせるからだ。
音楽の中でもクラシック、なかんずくバロックが脳をくつろがせるが、現代の若者にはロックの方が脳をアルファ波状態にするという。脳にも世代差があるからと、興味をそそられる話だ。
なぜ音楽は脳も心も癒すのか
昔感動した映画の音楽とか、恋人と一緒に過ごしたころによく聴いた音楽などは、このはたらきがさらに強いらしい。
また、音楽と同じ効用を脳にもらたす音に小川のせせらぎとか、穏やかな波の音とかがあるという、反対に、集中豪雨の音、機関車の音などはリラックスをもたらさないらしい。
たしかに、森の中で小川のせせらぎを聴きながら散歩などをしているときは、思索にうってつけだ。
いいアイデアが浮かぶし、イメージが広がりやすい。自室でソファにくつろぎ、好きな音楽を聴いているときは、脳にとっても至福の時間に違いない。
疲れをとりたいとき、発想につまったときは、こういう音楽の効果を活用して、リラックス、また発想の糸口をみつけるのがいいかもしれない。
憂鬱のモヤを吹き飛ばす「同質の原理」
私の専門である精神医学には「音楽療法」がある。音楽を精神的な病の治療に役立てるものだ。
アルファ波を活用している人たちは、これを、もっと日常的なレベルで行っているようである。
たとえば落ち込んだとき、ブルーな気持ちになってだれとも会いたくない。
何もしたくないというとき、音楽の力を借りるのである。
音楽療法でも、鬱状態の患者に音楽を聴かせることがある。
そんな場合、あまり陽気な音楽はいけない。
多少暗いくらいの音楽がいいのである。
沈んでいるからこそ、明るい音楽で気分を高揚する必要があると思うかもしれないが、逆である。失恋したとき仲のいい恋人を見ると、ますます心が傷つくだろう。あの心理と同じになるからだ。
鬱の人には穏やかな音楽を。これを同質の原理などといったりする。
脳波の研究科は、これを次のようにわかりやすく解釈しているようだ。
大きな挫折を味わったり、失恋に心を傷めているとき、あるいは仕事や人間関係に疲れたとき、人間の心は厚い殻に閉じこもっている。
この時の脳波はベータ波である。
こういうときは、外の世界との交流そのものが嫌で嫌でしょうがない。人に会うのもいやだし、電話に出るのも億劫になる。自分だけの世界に閉じこもり、自分の精神、心の中だけをグルグルと回っていることになる。
こういうときに「がんばれ」だの「しっかりしろ」だの言われても、心の中には入ってこない。むしろ「本当に辛いね」「悲しいね」と一緒になって泣いてくれる人のほうが、心の中に入っていけるのだ。
これと同じで、音楽も明るい音楽だと、相手の中に入り込めずに、はね返されてしまう。そこで暗めの音楽を聴く。
自分の心と同質なだけに、心の中にしみ通る。
いったん、そうやって外界の音が心の中に入れば、その人の心はひとまず外の世界に対して窓を少し開けたことになる。そして同質の音楽によって、心を癒し、慰められていく過程で、その人の脳は、ある種の安定した状態になっていくのである。
このとき、脳波アルファ波の状態に変わっている。
明るさに「心を慣らしていく」
そして、大事なことは、暗い音楽によって、ある程度安定した状態になったあと、少しずつ明るい調べが含まれた曲に変えていくことである。
いきなりではなく、自分でもそう意識しないほど少しづつ変えていくのだ。
心が安定し、外に対しても心が開き始めているから、明るい音楽の影響も受けやすくなるというわけだ。
そういう意味では、ひとつのアルバムの中で、暗い調子のものが最初にあって、終わりのころに明るいトーンの曲が出てくる作品があれば、非常にいいだろう。
そういうテープを、自分で編集する人もいるらしい。
基本的に、どんなにすぐれた作品でも、自分が退屈と感じる音楽では、脳波アルファ波の状態になりにくいという。
自分が何かしら感じる曲が一番いいわけだから、そういうお気に入りの曲で自分だけのアルバムを作れば、たしかに日常的な音楽療法としては最適かもしれない。