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button-only@2x 「環境の変化」に下手に逆らうことなかれ

知人から聞いた話だが、すこしまえに旧国鉄の三つの組織を合併して誕生した、新しい財団の理事長に就任した方が、動揺する社員に対して、こんなことを言っておられたそうだ。

「70年間生きてきたが、振り返れば、私はさまざまな時代の変化に翻弄しされてきた、死と隣り合わせの戦中、貧乏のどん底で苦しんだ戦後10年、夢の新幹線に胸躍らせつつ、多少の豊かさを享受した高度成長時代、勤めていた国鉄の、まさかの民営分割…まさに波乱万丈だった。

その中で学んだことは、時代を憂えることなく変化を前向きに捉えて、いい方向にもっていくという信念を持って努力する、それがいかにたいせつかということだ。

私だけが特別なのではない、変化する世の中や組織の中で揺り動かされるのは、この世に命を授かった人間すべての宿命だと思う。

これから新組織で働くみなさんは不安をたくさん抱えているだろうが、変化を受け容れて、いっそうの挑戦意欲を燃やしていただきたい」

おっしゃる通りである。

私自身、人生80八十有余年、じつにさまざまな時代の波に揺り動かされてきた。生まれ育った青山脳病院は、火災、戦災と、二度にわたって灰燼(かいじん)にキ帰す災禍(さいか)に見舞われた。病院と住まいも、青山から新宿、府中へと転々と移り変わった。もちろん、病院経営だって経済動向と無縁ではないから、何度か厳しい状況に見舞われたこともある。すべて、ある意味で「不可抗力」とも言える災難だった。

それらを乗り越えられたのは、苦しい現状を受け容れて、その中でいい方向を目指す前向きな気持ちがあったからである。

変化をきちんと認識すれば、自分一人の力では変えられない現状にいちいちヘコんでいる暇がないと気づくはずだ〈第七の習慣〉

button-only@2x 「環境の変化」に下手に逆らうことなかれ

時代は目まぐるしく変化する。ほんの10年まえには、たとえば日経平均株価が一万円を大きく割り込むとか、銀行が不良債権を抱えて経営難に落ち込む、土地価格がどんどん下がる、テレビ番組のチャンネルが何十にも増える、インターネットや携帯電話なしでは暮らせない日常が来る…などということを誰が予想しただろう。

変化の波というのは、自分の意思とは関係なく押し寄せてくる。われわれとしてはその中で、波に乗りながらなんとか具合よく舵取りしていくしかない。そういう宿命を背負っているのである。

「ホントに、世の中って変わるわよねぇ」とシミジミ話すのは、「50歳の大台まで秒読み態勢にはいっている」という朝子さん。彼女は昔を振り返りつつ、こう語った。

「小さいころは、冷蔵庫も掃除機も洗濯機もなかったのよね。テレビや電話、エアコンだって、ない時代を知ってるわ。夏にダラダラ汗かいて満員電車に乗ったとか、学生時代に電話のない友だちに電報を打ったとか、昨日のことのようよ。一生に一度と思って出かけた海外に、いまは年に二回も三回も行ってるなんて、信じられないくらい。」

オフィス環境も激変したわ。社会人になったころ、ファックスもなかったのよ。それが、あれよあれよという間にワープロやパソコンが普及して、コピーもどんどん進化して、ものすごいテクノストレスを感じながら仕事をしていたような気がする。

私、機械は苦手なのよ。でも、変化の波に逆らうよりは、がんばってついてくしかないって思ったの。苦手だからと機械を遠ざけているオヤジたちもいたけど、私は彼らと違って、『アナログで通す』って主張が通るほど偉くないからね。

パソコンも『私にできるのかしら』と心配だったけど、先延ばしにしたところで私にとってのむずかしさのレベルは変わらないと開き直って、八年ほどまえに挑戦したの。トシのわりには、けっこう早いほうよ。

結果的には、変化に抵抗せず新しい波に乗るようがんばったのはよかったと思う。

『イヤだ、イヤだ、私にはパソコンなんて使えそうもない』ってがんばり続けた人も、最近になって重い腰を上げているでしょう?できないと心配して過ごした数年を、いまになってもったいないと感じているのじゃないかしら」

もちろん、オフィスの新技術に関しては、朝子さんとは別の道—変化を拒否する選択肢もある。そこに「文字は手書きでないと心がこもらない」とか「メールによる交流には生身の人間同士の触れ合いが希薄だ」といった自分の主義主張があるなら、いちがいに「現実を受け容れなさい」とは言いきれないところだ。

ただ、拒否する理由が、「自分には馴染めそうもない」という心配にあるのなら、それは現実を受け容れる勇気がないだけだ。

「やったほうがいい、でもできなさそう、でもやらなきゃいけないかな」などと心配し続けて情けない思いをするより、朝子さんのように前向きに取り組んだほうが、数段メリットが大きいのである。